聖霊降臨後第8主日
“天の国”とは、どのようなところでしょうか。
“天の国”にたどりつくには、どうすれば良いのでしょうか。イエスが私たちに教えてくださった祈りの中で「天におられる わたしたちの父よ」と唱えます。“天の国”には父なる神がいらっしゃる、“天の国”はわたしたちの父の家です。またイエスは、“天の国”とは、持ち物をすべて手放してまでも手にする価値があると教えています。財産、今まで築きあげてきた立場や評価など、目に見えるものから見えないものまで、わたしたちは抱えきれないほどの持ち物を持って生きています。それらをすべて手放すことは、簡単ではありません。それでも求める価値のあるもの、それが“天の国”なのです。
しかし、世の終わりの裁きを思うと、“天の国”を求めることに恐れを感じてしまいます。正しい人だけが招かれ、悪い人は捨てられる。もしも今、世の終わりが来るならば、わたしはどちらに裁かれるのでしょうか。いつも正しい人ではいられない。そのことを自分が一番よく知っているからこそ、“天の国”に招かれるかどうか不安になってしまうのです。そんなときにこそ思い出したいのが、父なる神からの“天の国”への招きです。“天の国”は父の家。父は子どもが苦しいとき、悲しいとき、寂しいときにこそ、家に帰ってくることを望むでしょう。もちろん、喜びのときにはともにその喜びを分かち合うために。そんな神の招きに応えて“天の国”にたどりつくためには、どのように生きてゆけば良いのでしょうか。神はどんなときにでもわたしたちに呼びかけ、招いてくださっています。それならば、わたしたちにできることは、神の方を向いて、“天の国”に向かって生きることです。
誰にでも弱いところがあり、常に正しくあることなどできません。それでも、何度でも神に向き直ること。神はいつでも、玄関の戸を大きく開いて待っていてくださることに信頼して生きること。わたしたちが神の招きに応えることができたとき、そこはもう父の家、“天の国”なのです。
マタイによる福音書第13章31-33、44-49節a
2020年7月26日