降臨節第3主日

洗礼者ヨハネはイスラエルの民の心を整えるために働きました。救い主の到来を準備することが洗礼者ヨハネの役割でした。洗礼者ヨハネは自分の役割をじゅうぶんにわきまえていました。それで、人びとからの質問に対しても謙虚に自分の立場を申し述べました。しかも「私よりも優れた方が来られる」という言葉を述べることで、自分の後から来る者こそが本番の活躍をすることを人びとに対して、はっきりと伝えました。
私たちも洗礼者ヨハネのように救い主の到来を準備する役割を謙虚に果たしたいものです。しかも、私たちは自分を歴史の主役のように思い込んで傲慢になるのではなく、かといってすべてに絶望して何もしないまま無気力になって漫然と日々を過ごすのでもなく、洗礼者ヨハネのように活き活きと救い主を迎える準備をしたいものです。
旧約聖書において明らかにされているように、神は常に私たちを「新たにし」喜びの日々を約束してくださいます。そして、使徒書において示されているように、私たちは神とのつながりを常に意識することで喜びと感謝と祈りを捧げる毎日を送ることが必要になります。あらゆる人が新たな人生を歩めるように、神は遠大なる計画を実行に移そうとしています。神は大切な独り子イエス・キリストを救い主として派遣することで、あらゆる人間のゆくすえを支えて刷新させようと望んでいます。

降臨節は、新しく生きることを決意するひとときです。そして、何よりも神の遠大なる計画に気づくときでもあります。そのようなポイントを本日の降臨節第三主日が洗礼者ヨハネの姿を描くことで私たちにも思い出させてくれます。

ルカによる福音書3章7-18節

2024年12月15日