顕現後第3主日

イエスはガリラヤに退かれ、カファルナウムに来て住まわれた、とあります。イエスが住むところはどんなところなのだろう、と考えてみました。イザヤ書ではユダヤ民族の闇を記しています。イエスが宣教活動を始めようとしていた時代も、ガリラヤはローマ帝国という異教の民に支配され、人々は屈辱と貧困の暗闇の中で生きていました。また、パウロも使徒書の中で「あなたがたの間に争いがある」と伝えており、教会の中でも闇が広がっていたことがわかります。では、今はどうでしょうか。この地球上にはたくさんの闇が広がっています。そこにイエスは「住まわれる」ということではないでしょうか。人と人との間の闇、自分の中にある闇。そこはカファルナウムであり、そこにイエスが住んでくださるのではないかという希望が観えてきました。
イエスは四人の漁師を弟子になさいます。その様子を観てみました。イエスはガリラヤ湖のほとりを歩いておられるとき、ペトロとアンデレをご覧になりました。また、そこから進んで、ヤコブとヨハネをご覧になったと記されています。イエスは、この貧しい四人の漁師の全てをご覧になったのではないでしょうか。イエスの静かな暖かなまなざしと、「わたしについてきなさい」とイエスの招きを体験した四人。彼らはすべてを捨てて、すぐに従います。この瞬間から四人の生活が変わり、生き方まで変わってゆきます。
私たちは暗闇の中にいる時、自分の全てを知っておられる方の優しいまなざしを忘れているのではないでしょうか。そのまなざしは光であり、その光を心を開き、受け入れ信じる時、「悔い改めよ。天の国は近づいた」という声が聴こえ、現実の生活が少しずつ変わっていくような気がします。それは握っているものを捨てることや、自分の場所から離れることへとつながっていくのでしょう。

マタイによる福音書4章12-23節

2026年1月25日

主日の福音から

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