顕現後第3主日
コロナ禍の只中で、「もうこの世界、結局愛しか残らないんじゃないかという気がしてきた」とSNSに書いた人がいました。不安と混乱とさまざまな制約に翻弄されながら、不要不急の事柄を省いていくうちに、最後まで意味あるものとして残るのは人が人を大切に思う気持ちだけだと悟った、ということでしょう。今日の聖書朗読で言われている「時が満ち」「定められた時が迫っている」世界で、神の呼びかけに耳を傾ける時の心構えにも、通じるものがある気がします。
今日の福音で、イエスは「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と告げられ、ガリラヤ湖で働く漁師三人を弟子となるように呼ばれました。その同じイエスが、私たち一人ひとりの日々の生活の中でも、「わたしについて来なさい」と語りかけておられます。
神が人となられて私たちの間に住み、互いに愛し合うようにという模範と掟を残して十字架で死に、復活されました。時はすでに満ちています。神の国は始まっています。その神の愛を知ってその愛に生かされ、その愛を分かち合う日々を送る時、富や名誉や競争での勝利など、この世で価値あるものとされがちな事柄が色褪せていき、すべての人々、特にこの世の片隅に追いやられた人々の幸せを願う心が強くなっていく…。そんな心の動きは、イエスに従うことを選んだ信者であれば、多かれ少なかれ経験があるかもしれません。
与えられた限られた時間を、この私はどう使って生きていくのか。「イエスについていく」とは、今の私にとっては具体的に何を意味し、どういう行動を選ぶことなのか。今日の福音を通して、改めて根本的に問われているように感じます。今日、新たな気持でイエスの招きをしっかり聴き、日常の生活の中でそれに応えていく恵みを願いたいと思います。
マルコによる福音書1章14-20節
2021年1月24日