復活節第4主日

その時イエスは言われた。「はっきり言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかの所を乗り越えて来る者は、盗人であり、強盗である。門から入る者が羊飼いである。門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。」
パレスチナの羊飼いは遊牧生活であったが、夜は外敵から守るために羊を囲いに入れた。夜、羊飼いたちが近くのテントで寝ている間に、一人の門番が夜通し囲いの入り口で群れの番をしている。夜明けごろ、羊飼いは自分の羊を連れ出すために囲いに入る。門から入らずに囲いに入ろうとしている者は盗人であり、強盗である。恐らくここで、著者ヨハネはイエスのリーダーシップを認めないファリサイ派の人々や律法学者のことを言っている。
羊飼いと羊の間に親密な関係がある。羊飼いは羊を名で呼び、彼らの先頭に立って導く。羊は羊飼いの声を知って、聞き分け、羊飼いを信頼し、彼に聞き従う。
「わたしは羊の門である。」イエスは真の命や救いに “通じる門” にたとえられる。「わたしより前に来た者」は当時の偽メシアの存在を指している。 また、人間の習慣や言い伝えを中心とした指導をして、人々を惑わしているリーダーたちのこと、と考えられる。
本日の福音箇所の次節、ヨハネ10:11の、羊のために自分の命を「捨てる」という動詞は、原文では、「置く」という意味がある。つまり、自由と愛をもって命を「捨てる」ということである。良い羊飼いと羊の「心の関わり」に見える。お互いの声を聞き分ける。この「知る」は一方通行の「知る」ではなく、相互的であり、知識的な関わりというより、心からの人格的なアガペの交わりを指している。その相互的な愛の起源は「父」と「子」の愛の交わりにある。
この良い羊飼いイエスのことを黙想したい。彼は常に、愛をもって私たちを知り、導き、私たちに本物の命を分け与え、ご自分の命を捨てるほど、死と災いから守ってくださる。良い羊飼いイエスからは、だれも命を奪い取ることができない。彼は、自ら自由と愛をもって羊のために命を捨てる。

ヨハネによる福音書10章1-10節

2026年4月26日

主日の福音から

前の記事

復活節第3主日