聖霊降臨後第11主日

今日の福音の始めにヨハネは、イエスが「わたしは天から降って来たパンである」と言ったことについて、ユダヤ人たちがつぶやき始めたと述べていますが、この彼らへのイエスの関わりかた、丁寧にご自分のことをお現しになる姿に心打たれます。
イエスは言われます。「つぶやき合うのはやめなさい。・・・信じる者は永遠の命を得ている。わたしは命のパンである。・・・このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。」
命のパン。わたしたちの命。この命を生かす天からのパンである贈り物、イエス。このイエスを、世におくられた天の御父、神さまの思いを思いめぐらします。どれほどまでに、わたしたちの命が生き生きと輝いていることを神さまは願っておられるのか。どのような人であっても、どのような状況に置かれていても。そして、御父の贈り物であるイエスの命は、わたしたち一人一人を生かし、またわたしたちが他の人を生かすことができるよう生かしてくださいます。使徒パウロが、エフェソの教会への手紙の中でこう述べています。
「互いに親切にし、憐れみの心で接し、神がキリストによってあなたがたを赦してくださったように、赦し合いなさい・・・愛によって歩みなさい。」
愛によって生きることができるように、イエスのパン、命のパンが、わたしたちには必要です。イエスを、毎日、朝も昼も夜も、わたしの心の内にお迎えし、愛に生きる者となれるよう、イエスと一緒に生きることが必要です。今日も、明日も、明後日も。生涯、ずっと、天の御父のもとに、イエスと一緒に迎えられるその日まで。失敗しながら、つまずいて転んだりもしながら・・・。
でも、その都度、イエスの命につながって、イエスに元気づけられ励まされ、勇気をいただいて、イエスの愛をいただいて。みんなの命が生き生きと輝く世界の到来を、待ち望み日々歩んでいけますように。
天におられるわたしたちの父よ。
御国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。

ヨハネによる福音書6章37-51節

2021年8月8日