復活節第3主日

「あなたがたに平和があるように。」イエスのメッセージは相手を安心させるためのものです。イエスは常に相手の前に出て、まんなかに立って真剣に語りかけます。正々堂々と姿をさらしながら。逃げも隠れもしない、いさぎよさが、イエスの前向きな姿勢として描かれています。人間は誰かを殺してまで、おしのけてまで自分自身の利益をねらいます。しかし、神は人間のミスを責めることなく、人間が殺したイエスを活かします。
イエス・キリストが全世界の罪を償ういけにえであることを想い出させてくれるのが第一ヨハネの手紙です。イエスは自分のいのちを護ろうとはせずに、かえっていのちを献げ尽くして相手を活かそうとします。あらゆる人の自己中心的なあさましさをまるごと受け容れて、ゆるしながら再出発させる親心を備えているのがイエスです。「あなたがたに平和があるように」というイエスの呼びかけは、相手を活かし、相手に自分のいのちをあますところなく献げ尽くすための必死の愛情に支えられています。「あなたがたに平和があるように」という表現は、イスラエルの指導者からいのちをつけねらわれていた弟子たちに安心感を与え、イエスを見殺しにしてしまったことの責め苦にあえいでいた弟子たちの心をつつみ込む、慈愛に満ちた呼びかけであったのです。こうした二重の意味合いを普通の言葉で述べれば、以下のようになるでしょう。「わたしがおまえたちを護る」、「もう心配せずに前に進みなさい。」
弟子たちが直面していた二つの大問題とは、まず一つはイスラエルの指導者たちから逮捕されて処刑されることであり、次に恩師イエスを裏切った自分自身の心の呵責による不安定さや恐怖心や悔恨の念でした。イエスが復活して弟子たちの前にあらわれたのは、弟子たちがかかえていたその大問題を解決するためでした。相手の立ち直りを徹底的に望んで活かし続けるのがイエスの激しい愛情の表現です。復活とは、相手を愛するあまり、相手がかかえる大問題を完全に解決しようとする責任ある態度でもあるのでしょう。イエスは物事を決してうやむやにしません。復活のイエスは、必ず相手の悩みを取り去って活かすだけの強い愛情のかたまりなのです。

ルカによる福音書24章36-48節

2021年4月18日