聖霊降臨後第3主日

今日の福音で、イエスは神の国のたとえ話をされます。
種まきのお話です。イエスがお育ちになったナザレ。30年もの長い間暮らしたところ。
公生活を始め福音を人々に宣べ伝える前に、人目に隠れ、村人と一緒に生きられたイエス。
ナザレで、イエスも人々と、あるいはヨゼフ・マリアと一緒に野菜や木や花の種を蒔いたのでしょう。種を蒔いて、土から芽が出るのをじっと見て「あっ、芽が出たよ」と喜びの声をあげたりしたでしょう。そして、その芽がぐっと育っていくのを見て、神のみ業の素晴らしさを実感なさったと思います。
私が一緒に畑で野菜を作っているおじいさんも、よくこう言います。「神さまが育ててくれたんだよ。」イエスも、今日の福音でこう言われます。
「人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。」
私たちの知らないところで、神は働かれている。
そう思うと、深い感謝の念が心に湧いてきます。
また、イエスはこうも言われます。
「(からし種は)地上のどんな種よりも小さいが、蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」
私たちの信仰の旅路も、このような種の成長、木の成長に似ているのでしょう。
私たちの心に毎日蒔かれるイエスからのメッセージ。
“どんなに自分がみじめに感じられる時でも、取るに足りない小さな人間だと思う時でも
心配しないで。どれほど、神は大事に思ってくださっているか。どうぞ、忘れないで。“

今日も、イエスと一緒に信仰の旅路を歩んでいこう。
そして、神が私の、私たちの信仰が育っていくように、働いてくださる、働いてくださっている。私の、私たちの知らないところで。
その神の思いを、イエスと一緒に、大切にして歩んでいこう。たとえわからなくても。信じて。

マルコによる福音書4章26-34節

2021年6月13日