聖霊降臨日
洗礼の恵みを受け、今を生きる私たちの故郷は、聖霊を常に注いでくださる神がおられる場所なのでしょう。
その故郷から、聖霊の風にのってめいめいに、語られる神からの声を一人一人の器で聴き、受け取っているイメージが広がります。慈しみ深い神は、全ての人にこの聖霊を注がれているのです。(ヨハネ6:39 10:16 12:32参照)
復活されたイエスは、約束どおり平和と聖霊を送ってくださっています。その現実を思い巡らし、祈ってみました。
私たちが人生の中で、恐れや不安、自責の念、罪意識に苦しむ時も、傷跡を持った復活されたイエスは無条件に、だれのところへも来てくださり、「平和があるように」と繰り返し語りかけてくださっています。
この声を、自我から離れ自分の真ん中にある深い静かな、神の場所で聴き、受け取る時、イエスは一人一人を宣教へと派遣され、聖霊を授けてくださるのだと気づきました。
「私はどこへ派遣され、どう宣教すればいいのだろう」と祈っていると、「今、この瞬間に派遣されているのではないか?」という感じがわいてきました。
この瞬間を、復活されたイエスと共に、神からの平和と聖霊、聖霊による罪のゆるしを信じ、生きる時、私たちは、日々のどんな小さな行いの中でも宣教の使命を生きていることになると思えてきたのです。
ヨハネによる福音書20章19-23節
2026年5月24日

